2015年4月27日
生産部門の表彰制度創設を
今年に入って名種牡馬、繁殖牝馬の死亡ニュースが相次いでいる。種牡馬ではアジュディケーティング、ステイゴールド、スズカマンボ、繁殖牝馬ではオリエンタルアート、オグリローマンなど、いずれも競馬界に大きな貢献を果たした馬ばかりだった。
アジュディケーティング、オグリローマンはすでに繁殖生活を引退していたが、現役の種牡馬、繁殖牝馬にとって春は危険な時期でもある。種牡馬は1年間のハードな種付けシーズンを乗り切るために、シーズン前はややカロリーの高い飼葉で栄養を補給している。だが雪の積もった冬場はどうしても運動量が不足してしまいがちだし、久しぶりの種付けに興奮もする。心臓・血管系の疾病を引き起こしやすい状況になっている。繁殖牝馬にとって出産に大きなリスクが伴うことは、人間と同様かもしれない。毎年出産を続けているベテラン牝馬であっても、次第に年齢的なリスクも高まってくる。素人のような感想になってしまうが、改めて種牡馬、繁殖牝馬の大変さを感じる時期だ。
このような名馬の死亡ニュースは年々増えてきているように見えるが、当然、死亡する馬が増えているわけではない。それでも多く感じてしまうのは、以前にもこのコラムで取り上げたように、現役を引退した馬の情報が新聞社などに伝わり、報道されるようになったからだ。以前なら、名馬であっても繁殖としての価値を失った時点で人知れずこの世を去っていた馬が多かった。サラブレッドは経済動物なのだから、それはそれで仕方がないことだった。だが競馬が「文化」として一定の地位を築き、1996年にはBTC(軽種馬育成調教センター)が「引退名馬繋養展示事業」を開始。現在はジャパン・スタッドブック・インターナショナルが引き継いで、平成26年度は213頭(JRA重賞勝ち馬198頭、地方ダートグレード競走勝ち馬15頭)が助成を受けて繋養されている。JRA、日本中央競馬会弘済会とともに、日本競走馬協会も助成金で制度に協力をしている。
名馬たちがJRA、NARの売り上げに貢献した金額を考えれば「もっと手厚い保護制度があっても良いのでは」とファンは思うかもしれない。だが「文化」というものは一朝一夕に形作られるものでもない。以前、訪れたケンタッキーホースパークで、種牡馬になる資格がなかったセン馬の名馬フォアゴー、ジョンヘンリーが美しい放牧地で幸せそうな余生を過ごしていることに感動し、衝撃を覚えたものだが、引退名馬の余生という面では、いまや日本が最先端を進んでいると言っても過言ではない。米国でケンタッキーホースパークのような施設はごく一部だが、日本では、様々な事情はあるものの、胆振・日高路を車で走っていると多くの功労馬繋養牧場を目にすることができる。以前は、白老町のイーハトーヴ・オーシァンファーム1軒だったものが、いまでは全国で20軒を超えている。
功労馬を称え、感謝し続けていくために、JRAにぜひ創設してもらいたいのがJRA賞での特別表彰だ。地方競馬のNARグランプリでは前号で紹介したように「特別表彰馬」部門を設けて、かつての名馬に敬意を表している。14年はライデンリーダーとアジュディケーティングが受賞した。JRAには顕彰馬制度(競馬の殿堂)があるが、この対象はJRAの競走で活躍した馬に限られている。今日のJRAの繁栄に大きく寄与したヒンドスタン、チャイナロック、ネヴァービート、テスコボーイ、パーソロン、ノーザンテースト、サンデーサイレンスらの輸入種牡馬、パシフィカス、ダンシングキイ、ソシアルバターフライ、バレークイーン、ウインドインハーヘアなどの輸入繁殖牝馬には殿堂入りのチャンスがない。
香港の競馬は確かに年々急速に進歩を遂げており、今年の高松宮記念をエアロヴェロシティが制したように、短距離戦では日本をしのぐ世界最高峰のレベルを誇っている。日本馬にとっても香港GⅠを制覇することは、大きな目標になってきた。だが日本と根本的に違うのは、競馬が生産を伴ったサイクルによって運営されているかどうかである。ディープインパクト、ステイゴールド、ハーツクライ産駒が凱旋門賞やドバイシーマクラシックに出走していることが、日本競馬の誇りでもある。
顕彰馬制度には種牡馬、繁殖牝馬としての成績も考慮されるので内国産馬にはチャンスがあるが、例えばステイゴールドの場合、その競走成績を考えると殿堂入りは難しいかもしれない。だがその功績は、日本競馬の歴史を変えたと言っても過言ではない。ハイレベルなサラブレッド生産が日本競馬の誇りであるだけに、繁殖成績にも目を向けた表彰制度創設を望みたい。