2019年6月25日
ファンが信頼できる裁決を
時代は令和に移り変わったが、依然として競馬界を悪い意味で賑わしている問題が降着に関してである。令和最初のG1となった5月5日のNHKマイルCでいきなり、4位入線ルメール騎手騎乗のグランアレグリアが5位入線川田騎手騎乗のダノンチェイサーの進路を妨害し、妨害がなければ着順が変わっていたとの裁決の判断で、4位グランアレグリアは5着降着となった。その3週前のG1皐月賞でも、同じルメール騎手が加害馬サートゥルナーリア、川田騎手が被害馬ヴェロックスに騎乗し、ゴール前の進路のとり方が約10分間の審議となった。この時は着順変更にならなかったものの、長時間にわたる審議が行われたことは「G1だけは特別なのか」との違和感を抱かせていた。また短期間に同騎手間で起こった事象だっただけに「NHKマイルCでの降着は合わせ技だったのではないか」とか、「1、2着の降着は騒ぎになるが、馬券に関係がない4、5着なら降着するということか」などと、裁決のシステムについてまだよく理解していないファンの間でいぶかしがる声があったのも事実だ。
日本では2013年1月から降着・失格のルールが変更された。それまでのカテゴリー2は「走行妨害が、被害馬の競走能力の発揮に重大な影響を与えたと裁決委員が判断した場合、加害馬は被害馬の後ろに降着」だったが、新ルールのカテゴリー1は「その走行妨害がなければ被害馬が加害馬に先着していたと裁決委員が判断した場合、加害馬は被害馬の後ろに降着」となった。また審議ランプについては「全着順において着順変更の可能性がある場合に点灯」だったものが「5位までに入線した馬の着順に変更の可能性がある場合に点灯」に変更された。変更の理由としては、国際基準に合わせることと、審議時間を短縮することが挙げられていた。日本がカテゴリー1に変更した13年当時はフランス、ドイツもカテゴリー2だったが、両国も18年にカテゴリー1に移行した。いまでもカテゴリー2を続けているのはアメリカぐらいになった。国際化が急速に進んでおり、国際基準に合わせるというJRAの方針は間違いではないだろう。審議ランプ点灯を5着以内入線馬だけ対象にしたことで、確定がスムーズに行われるようになったことも間違いない。パフォーマンスを重視する新ルールは、その馬のできるだけ正しい能力をブラックタイプに反映させるという意義も持っており、生産界にとっても望むべき形であるはずだ。
だが新ルールが導入されて6年半が経過するのに、なかなかファンに馴染まない原因は「各馬のパフォーマンスを重視する」点だろう。「その走行妨害がなければ被害馬が加害馬に先着していた」という判断は裁決委員の「予想」によるものであるため、曖昧であり、個人差も出てくるためだ。馬によって「バテているように見えても粘って差し返す馬」もいれば「楽に抜け出しているが追ってからは意外に伸びない馬」もいる。レース展開・ペースでも差が出てくるので、この「脚があったか否かの予想」は極めて難しい。新ルールはこのような曖昧さを含んでいるということをファンに納得してもらうまでは、不満がくすぶり続けることもある程度は仕方がないことなのかもしれない。裁判同様に「判例」の積み重ねが必要なのだろう。
そこでJRAに対して提案したいのは、(1)裁決結果と騎手への制裁はまったく別物であることをしっかりと広報すること、(2)番組進行が遅れたとしても、ファンに疑問を抱かれる可能性がある事案は審議ランプを点灯させること、(3)できる限り判りやすい審議結果の説明をすること、(4)レースの格によって扱いを変えないこと、(5)過去の実際の事例を提示し判断基準をより明確にすること、の5点だ。
(1)はファンが、例えば「騎乗停止実効6日間の悪質な斜行なのに降着にならないのはおかしい」などと言うことがあるが、斜行の程度や、騎手の「意図的」「不注意」「偶発的」などは降着の判断とはまったく関係がないことがファンによく理解されていないように思える。(2)は、加害馬が被害馬より差をつけてゴールした場合であっても、5位以内の入線ならできる限り審議ランプを点灯させた方が良い。各馬の正しいパフォーマンスを分析するには、単純に着差だけでは判断できないこともあるはずだ。(3)は、もっとも悪しき例が大相撲で、協議結果の説明が下手なことがファンを混乱させている。JRAも結果だけの説明で、審議内容には一切触れていない。例えば「2馬身程度の不利があった」とか「脚いろに明白な差があった」など、降着の有無にかかわらずなるべく具体性を持たせた審議結果の説明をしていくべきだ。(4)は、写真判定も同様なのだが、大レースほど慎重になる傾向があるように思える。G1は関係者にとっては特別なレースだが、馬券を買っているファンは3歳未勝利戦もG1も同じ金を賭けているのだから、審議に差があってはいけない。ただし騎手の制裁に関しては、「騎手の斜行のやり得」と思われないように、賞金の高いレースは制裁金を増額するなどの処分があってもいいだろう。(5)は、降着制度導入前や旧ルール時代の実際の映像で、現在の基準を明確にしていくこと。著名なレースとしては、1976年日本ダービーのクライムカイザーとトウショウボーイや、91年天皇賞・秋のメジロマックイーンの事例が、現在の基準で降着になるのかどうかなど、検証していくことが必要だ。個人的にもこの2例が現在の基準でどう判定されるのか、非常に興味がある。現ルールでは結果が違ったとしても、当時のルールで正しく判断したことであり、それをいま検証しても問題視されることではないはずだ。
いま、多くのスポーツで「判定」が物議を醸している。審判の信頼性が薄くなると、そのスポーツは衰退するとも言われている。競馬の裁決がよりファンの信頼性を得られるような、ソフト面の改革が求められている。