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馬産地往来

2018年10月25日

馬産地を襲った北海道胆振東部地震

後藤 正俊

 9月6日未明に発生した北海道胆振東部地震は、同18日の政府発表によると41人の方が亡くなり、重傷8人、軽傷671人の人的被害、家屋の全壊139棟、半壊242棟、一部破損1773棟の物的被害が発生した。同日現在、22カ所の避難所に1177人が避難生活を強いられている。お亡くなりになられた方のご冥福をお祈りするとともに、被害に遭われた方にお見舞いを申し上げる。
 まだ震災後の混乱が続いているため取材は行っていないが、被害に遭われた方の中には軽種馬生産・育成関係者も多く含まれていると思われる。これまでのところ明らかになっている競馬関係の直接的な被害としては、安平町のノーザンファームで繁殖牝馬が1頭死亡、門別競馬場で施設の一部破損と停電、断水のため9月6~20日までの実質7日間の開催中止、JRA北海道地区場外発売所の営業中止などが報じられた。死亡した繁殖牝馬は今年の日本ダービー馬ワグネリアンの母ミスアンコール(12歳)で、地震発生時に夜間放牧中だったが、明け方に左後肢の飛節骨折が判明し、予後不良と診断された。関係者にとってはもちろん、ファンにとってもショッキングな出来事となってしまった。
 ミスアンコールは父キングカメハメハ、母はダート重賞5勝、JBCスプリント2着、芝でもシルクロードSを制し、スワンS2着など通算36戦13勝と活躍したブロードアピールで、2006年セレクトセール当歳で牝馬では2番目の1億1200万円(トップはトゥザヴィクトリーの2006=登録名ディナシー=の6億円)で落札された。現役生活は9戦1勝に終わったが、11年から繁殖入りして初産駒テンダリーヴォイス(めす、父ディープインパクト)がアネモネSなど2勝、フェアリーS3着。2番子ハマヒルガオ(めす、父クロフネ)は新馬勝ち、3番子ミンネザング(めす、父ディープインパクト)も1勝を挙げている。そして4番子ワグネリアン(牡、父ディープインパクト)が今年の日本ダービーを制覇。デビュー前の5番子カントル(牡2歳、父ディープインパクト)、6番子(めす1歳、父ディープインバクト)、7番子(めす当歳、父ディープインパクト)がいるが、まだ12歳での、おそらく災害による死去は、あまりにも悲しい出来事だった。
 明らかになっていない被害も多く起こっている可能性が高い。震源地に近い胆振地方の牧場では、厩舎建物の破損、牧柵の破損、放牧地の隆起や土砂流入、牧草・麦わら収穫作業の遅延、そして余震も続いていることからサラブレッドの精神的なショックもあるだろう。JRAの競馬開催は支障なく続き、ホッカイドウ競馬門別開催もナイターから昼間開催に切り替わったものの、無事に再開にこぎつけた。だが今後どのような影響が出てくるのかは、現時点では想像できない部分もある。同地震は国が激甚災害に指定する方針を明らかにした。指定されれば被災した自治体が行う復旧事業に対して国の補助金が上積みされるが、指定工事を行うためには査定を受けなければならない。だが牧場の厩舎や牧柵の破損などサラブレッド生産・育成牧場に係る被害の多くは、生き物を無事に飼養し続けるため早急に工事を始めなくてはならないため、このような補助も受けにくい。被災者には金銭的な負担も重くのしかかってくる。様々な影響が表面化してくるのはこれからだろう。
 筆者自身も震度5強だった札幌市北区でこの大地震と大規模停電を経験して改めて考えたことは、危機管理体制の重要さだ。大規模な自然災害を完全に避けることは人力ではできないが、準備次第で被害を軽減することはできる。まったく予想外だった2日間に及ぶ停電とその後の節電を経験すると、電気に頼った生活がいかに危険かを実感した。もしこの地震が冬に起こっていたら、水道が凍結し、灯油ストーブですら電気がなければ動かない実態を考えると、北海道では凍死者などどれだけ大きな被害が出ていたのか、考えただけで背筋が寒くなる。もちろん人命を守るのが第一であるが、競馬に携わる人間にとっては「競馬文化」も未曾有の災害から守っていくことを考えておかねばならない。米国のMLB(メジャーリーグベースボール)では、航空機での選手の移動を2班に分けて行っている。最悪の事態に備えて、そのチームの全選手が犠牲になることを避ける目的だ。世界の名馬が集結する種馬場や、東西のトレセンが大地震の直撃や津波の被害を受けるという最悪の事態も想定した危機管理体制、例えば首都機能分散化のような名馬分散化の対策も、世界の競馬先進国の一員となった日本では、その競馬文化を後世に繋げていくために必要な準備なのかもしれない。

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