2019年10月25日
馬産地で続いた残念なニュース
今夏は馬産地で悲しい話題が数多くあった。ディープインパクト、キングカメハメハという競馬界の至宝である大種牡馬2頭の早すぎる死去は大きなショックだったが、これは生き物だけに仕方がないことでもある。社台スタリオンステーションという世界最高の設備とスタッフを揃えている種馬場で繋養され、ディープインパクトの場合は世界的な名獣医師も招聘してケアしても防げなかった病魔である。
一部で「種付け過多」を指摘する声もあったが、その意見には賛同できない気持ちが強い。獣医学の急速な進歩によって排卵日が正確に把握できるようになったことで受胎率が高まり、繁殖牝馬1頭当たりの交配回数は以前とは比べものにならないほど減少している。ディープインパクトは2013年に262頭、キングカメハメハは10年と11年に266頭と交配しており、確かに交配頭数は多いが、交配回数で考えれば過去の人気種牡馬と比べてもそれほど突出したものではなく、また種付期間も長くなっているため、1日の種付頭数は最大4頭までという制限は守られていて、過度に身体に負担になるものではなかったはずだ。アングロアラブとはいえ、交配回数が多く期間も短かった1966年に238頭と交配したセイユウは23歳、72年に270頭と交配したタガミホマレは32歳まで長生きしたのだから、個体差はあるものの、ディープインパクトらが種付け過多で体調を崩したという根拠にはならないように思える。
もっとシビアなことを言えば、種牡馬にとって、というよりも生物全般にとって、最も重要な仕事は何歳まで生きるかということではなく、自身のDNAをどれだけ多く後世に残していくかということであり、今年10月7日現在でキングカメハメハは血統登録頭数1779頭、ディープインパクトは同1666頭で、ノーザンテーストの1008頭、サンデーサイレンスの1514頭をすでに超えている。ファンとして名馬に1年でも長く生きてもらいたい気持ちはもちろんあるが、この頭数ですでに「血統の寡占化」とすら言われているのだから、もう十二分に貢献してくれたと感謝したい。
一方で、今後は二度と起きてほしくない出来事は、引退名馬のたてがみが相次いで切り取られるという悲しい事件だった。9月15日に日高町のヴェルサイユファームでタイキシャトル、ローズキングダム、18日に浦河町のうらかわ優駿ビレッジAERUでウイニングチケット、20日には日高町の日西牧場でビワハヤヒデが被害に遭っていたことが判明した。被害届の提出を受けて北海道警門別署、浦河署などが捜査をしているが、ウイニングチケットのたてがみはフリマアプリ「メルカリ」に出品されていたとの報道があり、金儲けが動機の一つとも考えられている。何とも切ない世の中になってしまったものだ。
それにしても、馬のたてがみがオークションなどに出品されていたからといって、購入したい人などいるのだろうか。確かに憧れていた名馬であれば興味はあるのかもしれないが、それが本物であると証明するものは何もない出品物である。また、出品者が関係者以外なら違法に入手したものであることは明白で、購入した人も罰せられる可能性がある。まったく理解できない行動だ。
ジャパン・スタッドブック・インターナショナルが実施している引退名馬繋養展示事業は、競馬・繁殖・乗馬として供用されなくなった高齢の引退競走馬のうち、競馬の発展に貢献するなど一定の条件を満たした名馬の繋養・展示に月額1~2万円などの助成を行う有意義な制度であり、19年度は1月1日時点で198頭が助成を受けていた。今回被害が判明した4頭のうち、ビワハヤヒデを除く3頭はこの制度を活用していた。この助成対象馬の条件には「競馬ファンを含め広く一般に対し、常時展示されていること」が含まれており、その規定にも沿って公開をしていたわけだが、繋養施設にとっては公開時間中、ずっと監視しておくことなどとてもできない。監視カメラや、放牧地に二重牧柵・金網を設置している施設もほとんどなく、見学者が馬に触れることは禁止されていたとしても自己判断となり、今回のように馬に危害を加えることも可能だし、逆に見学者が事故に遭う心配もある。今回の事件を受けて、引退名馬の登録をやめ非公開にしようという施設・所有者が出てくることも考えられ、被害は見学を楽しみにしている競馬ファン全体に及ぶかもしれない。
競馬界の発展に大きく寄与した名馬たちが温かいファンにも見守られて、ゆったりと余生を過ごすことができるように、助成馬を繋養する施設に対して二重牧柵を設置する費用の助成なども同時に行うことができないものだろうか。ジャパン・スタッドブック・インターナショナルと、協賛するJRAなど各種団体には、ぜひ検討していただきたい。