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馬産地往来

2021年10月25日

第100回凱旋門賞に思う

後藤 正俊

 記念すべき第100回凱旋門賞が終わった。結果としては日本調教馬も、日本産馬も、日本人騎手も、今年もまた厚い壁を突き破れなかったことになるが、1969年のスピードシンボリから始まった挑戦は、日本競馬に様々なものをもたらしてきた。
 まず「日本のホースマンの最大の夢」だった凱旋門賞が、日本競馬ファン全体の夢になってきたのと同時に、秋のG1開幕週を飾る「1つの大レース」としてファンに認識されるようになってきた。ネットでのみ発売された日曜深夜の凱旋門賞1レースの売上が、今年は53億8803万5100円に達した。過去最高は16年凱旋門賞の41億8599万5100円で、これを大きく上回った。前週の神戸新聞杯の売上が約55億円だったことを考えると、ほぼJRAG2重賞級の売上を記録したことになる。一般的な競馬ファンにとって、詳細がよく判らない馬、騎手・厩舎、馬場状態、レース展開であるのに、これだけの売上を記録したのはまさに驚異的な出来事だ。しかも決して「日本馬の応援馬券」だけではなかった。日本発売での最終的な単勝オッズは1番人気がハリケーンレーン(4.5倍)、2番人気がタルナワ(4.6倍)、クロノジェネシスは4.8倍の3番人気、スノーフォールは4.9倍で4番人気、5番人気がアダイヤー(5.0倍)と上位5頭は拮抗したものの、海外競馬に詳しい評論家でも「クロノジェネシスにチャンス十分」「前走だけでスノーフォールを見限れない」と分析していた中で、ファンは「日本馬初の快挙」「永年の夢の実現」に必要以上に興奮することもなく、日本調教馬もディープインパクト産駒も1番人気に推されなかった。外国馬の能力、当日の馬場状態などをできる限り分析して、1つのレースとして購買行動を起こした結果だったと言える。日本に関係があるかどうかは別にして「良いレースを楽しみたい」という日本の競馬文化、スポーツ文化の成熟を象徴する出来事だったように思えた。
 結果は、14頭立て13番人気、英ブックメーカーでも12~13番人気だったドイツ調教馬トルカータータッソ(牡4歳)が優勝し、スノーフォール6着、クロノジェネシス7着、ディープボンド14着となった。勝ちタイムが2分37秒62(重)で、いくら日本の道悪を得意にしていたクロノジェネシス、ディープボンドでも克服できなかったと分析できるのかもしれない。稍重馬場で英オークスを圧勝したスノーフォールも、ディープインパクト産駒はやはり切れ味勝負が持ち味なのだろう。凱旋門賞後に行われたG1フォレ賞(1400m)でディープインパクト産駒エントシャイデンが惜しい3着になっているので、まだまだ海外競馬は判らない部分もあるが、同じ2400mで日本と15秒ほどもの差がある競馬の両方で好成績を残すのは、やはり至難の業なのだとは思う。最下位に沈んだディープボンドの姿に、1972年にメジロムサシがロンシャンの馬場にあえいで3歳牝馬サンサンから大きく離されたレースが思い出された。日本とは様相のまったく異なる馬場で「世界一」を目指すことは様々な矛盾もはらんでいるのかもしれないが、それでも懸命に頂点を目指すことが日本競馬のレベルアップにつながっていることは歴史が証明している。
 クロノジェネシスの父バゴは2004年優勝馬だった。これまで凱旋門賞勝ち馬は種牡馬として15頭、繁殖牝馬として2頭(サンサン、デインドリーム)が輸入されているが、その直仔が凱旋門賞に出走したのは初めてのことだった。これだけの頭数の凱旋門賞馬を輸入している日本が、ようやくその産駒を再び凱旋門賞に送り出すことができたことは、国際的にも非常に価値のあることだった。ディープボンドの母の父はキングヘイローで、その父と母はダンシングブレーヴとグッバイヘイロー。ダンシングブレーヴは80年代欧州最強馬と言われた凱旋門賞馬で、グッバイヘイローは米国の名牝。この両馬が日本に輸入された時には、現地の新聞では流失を惜しむ大きな記事が掲載されたものだった。今年の凱旋門賞でその血を世界の大舞台に戻すことができたことも大きな価値ある出来事だった。ディープボンドは5代母の天皇賞馬クリヒデを通して血統表にプリメロ、ダイオライト、トウルヌソルの名が見られた。昨年8着のディアドラは母の父スペシャルウィークを通してセントクレスピン、ヒンドスタン、プリメロ、ダイオライト、シアンモア、そしてフロリースカップの名が散りばめられていた。日本競馬の発展は必ずしも輸入ばかりに頼っていたわけではなかったと凱旋門賞の舞台で世界に示せたことにも、大きな価値があったのではないだろうか。

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