2021年6月25日
緊急事態宣言下での競馬産業
去年のこの時期もコロナ禍の真っただ中だった。日高軽種馬農協主催の北海道市場トレーニングセールは中止となった。競馬開催はストップしなかったものの、日本ダービーを始め全国の競馬は観客を入れずに行われた。勤務先のブリーダーズ・スタリオン・ステーションの種付数は、5月に入り「すとん」と落ち込み、総種付数が伸び悩んだ。先行きの見えない中にあって、生産者の中で積極的な生産活動を控えようといった雰囲気がこの時確かにあった。
そして今年。5月31日現在、北海道は緊急事態宣言下にあって、経済活動に大きくブレーキが掛けられている。コロナ感染者数は前年同期と比較し大幅増加となった。私が住む日高においても感染者数は大きく増加している。域内人口が少ない分目立たないが、陽性率の割合を調べると札幌や石狩と並ぶ道内ワーストレベルにあることに愕然としてしまう。
但しそういった状況にあっても、幸いなことに競馬産業は新型コロナの影響を最小限にして前に向かって進んでいる。北海道市場トレーニングセールは無事開催されて、まずまずの成績を残すことができた。千葉サラブレッドセールは完全オンライン方式での入札だったにもかかわらず、5億円を超える高額取引馬を出し、売却総額、売却率、平均価格とも過去最高の数字を叩き出した。日本ダービーは5000人程度とはいえ、観客を競馬場に入れて開催され、テレビでも勝ち馬シャフリヤールを称える拍手が画面を通して大きく伝わってきた。勤務先の種付数も昨年のように大幅な減少に転じる動きはなく、順調に新規牝馬への種付けが続いている。
ワクチンがすべての国民そして世界中の人々にいきわたることが、コロナに打ち勝つ最良の方策であることは誰でも知っている。しかし現在のワクチン接種状況は大変心もとない限りであり、全国的には医療業を始め、旅行業や観光業、そして飲食店業など大変厳しい業種が数多くある。その中にあって、競馬産業が大変恵まれたポジションにあることは確かであり、そのことに大変感謝したいと思う。
5月16日に北海道へ緊急事態宣言が出される前、私は地元の門別競馬場に2回ほど赴いた(宣言後は無観客競馬を行っている)。昨年は、11月のJBC2歳優駿当日のみ競馬場に出向くことができ、久しぶりの生の競馬を観戦できたが、今年は開幕初日から事前のネット予約で、最大500名迄の制限をかけながらも観客を場内に入れて開催した。地元のご年配の方はあまり見かけず、見慣れぬ若者が多いと感じたのはネット予約のせいだろう。5月13日の三冠レース第1弾の北斗盃では、昨年のJBC2歳優駿の覇者ラッキードリームが五十嵐冬樹騎手の巧みな手綱さばきで直線難なく抜け出し優勝した。勝利ジョッキーインタビューにいつもどおりそつなく答える五十嵐騎手を見て、今年のホッカイドウ競馬の盤石ぶりを改めて感じた。
というのも、今年のホッカイドウ競馬は昨年以上の売り上げを記録しているのだ。5月27日現在、開催日数15日間で、発売総額は100億円を超えた(102億1064万円)。対前年実績比で22%の増加、1日あたりで約6億8000万円の売り上げを記録している。昨年、過去の記録を29年ぶりに更新し、520億円もの売り上げを記録したホッカイドウ競馬だが、その勢いは止まらない。馬券を購入し応援してくれているファンには本当に頭が下がる思いだ。
以上、競馬を取り巻く状況を見れば、昨年に引き続き堅調な成績を馬匹の売買でも馬券の売り上げでも残せそうであるが、なぜここまで好調なのだろうか。産地の景気の良さは、一言で言えば「馬が売れる=新規の馬主層が増加しており、セリに参加するプレイヤーが増えた」ということだろうか。馬券発売額の増加についていえば「巣ごもり需要が喚起される中で、馬券とネット発売との親和性の良さ」がその理由なのだろうか。
セレクトセールの上場馬も発表され、セール開催に向けて私ども裏方の作業も日に日に実践的なものとなる。今年はオンラインでビッドを入れる方式も導入することとなり、その準備とテストも入念になされている。しっかりした準備を整えて、お客様を気持ちよくお迎えしセールにつなげる。ディープインパクトのラストクロップが最初と最後に登場するイヤリングセールは白熱したものとなるだろう。
その中で私がどうのこうの言っても詮無いことだが、一つ不安があるとすれば……。正直に述べれば、国内の実体経済がさほど好調でない中にあって、競馬産業が好調である要因は、おそらくは国や日銀の金利政策による余剰資金が投資に回り、その運用が好調であるからといった部分も大きいのかもしれない。とすると私が20代後半に経験したバブル景気に似ている面もあり、先行きどうなるだろうかという漠とした不安もある。でもあの時は地価の異常な高騰で「九州1島でアメリカ合衆国全部が買える」という今思えば狂気の沙汰みたいな話がごろごろ転がっており、一緒くたにはできないのだけれども。